あらたなブログ 引きこもりの生活

対人恐怖症で引きこもっています。

自殺未遂で入院した話

こんにちは、あらたなです。

 

少し前に個人的な話はブログにしないようにすると書いたのですが、それを読んでくれている人もいるみたいなので、今まで通り書きたいことを書いていきます。

 

今回はかなり暗い話なので気をつけてください。

 

 

11月になって本格的に寒いという言葉が似合う様になってきました。この時期になると2年前、高校3年生の時のことを思い出します。

 

その頃の私は受験に向けて勉強の毎日でした。ですが、私は勉強があまり苦ではなく、受験へのストレスは特にありませんでした。

ですがそれ以外の多くのことでストレスが少しずつ溜まっていきました。人間関係や性別、人生への不安などで心が圧迫されていくのを感じていました。

 

そんな中でついに心が折れました。

学校へ行こうとしても動けなくなり、電車に乗れば酷い吐き気に襲われました。ストレスからか毎朝腹痛もおきて、あれから学校へは行っていません。

それからは外どころか自分の部屋からも出られなくなりました。暗い部屋の中で何もしない毎日です。

 

そうなると次に考えたのが自殺についてです。私は自分が死ぬことへの心残りや、生きたいという気持ちはありませんでした。

ですが自殺する時の痛みや死への本能的な恐怖はどうしてもあって、自殺しきれない、怖くなって途中でやめてしまう事ばかりでした。

私の場合は首吊りをしようと思っていました。苦しくないと聞いていたのですが、私がやろうとした時は毎回すごく苦しかったです。

死にたくても死ねない、みたいな気持ちでした。

 

ちなみにその頃の自分のストレス解消方法が自分の首を両手で締める、というものでした。

リストカットと違って本気で死を感じられます。苦しくなって吐くと同時にストレスも吐き出せている感じがしました。

 

そしてついに自殺が成功しそうになりました。朝6時頃だったはずです。その時も首吊りで苦しい中で我慢して、意識が落ちそうになった時、突然私の部屋に両親が飛び込んできました。苦しくて暴れた時の音で気がついたのだと思います。

ほとんど憶えていませんが、確か無理矢理助けられて、そのあと両親に説教されました。

 

その時私は本気でイライラしていました。勝手に自殺を止められてふざけるなと思いました。

両親は私が自殺しようとした事を怒っていましたが、それもおかしな事です。自分の命は自分のものなのにどうして自殺を辞めさせる権利があるのか、と感じていました。

 

そんな感じで話が並行線で続いていって、最終的に父が無理矢理私を病院へ連れていきました。

 

病院では精神科医の先生に色々と質問されて、話をしていくうちに入院させられることになりました。

私は入院したくありませんでした。第一私は入院は絶対にしないという条件を親と交わして病院へ行く事を了承したのに、無理矢理入院ですよ。

先生からは一応本人の了承がなければ入院はしないとは言っていたのですが、実際には強制的に入院させる事もできると言われました。

 

両親と先生の圧力で入院すると言わされました。冤罪が起きる理由がよくわかりましたね。やってなくてもやったって言っちゃいますよ!

 

こうして無理矢理入院、しかも個室じゃなくて4人部屋です。人が近くにいるだけでストレスを多く感じる私が、寝る時すら1人になれないなんて地獄ですよ。

 

入院生活は何もありませんでした。不便なだけで何もせず、誰とも関わらずに過ごしました。入院している人とのレクリエーションみたいなものもあったのですが、全てサボりました。

 

そんな生活ですが、入院はすぐに終わりました。

私は、まともなフリは得意です。なにせ10年以上ずっとまともなフリをしていました。相手は精神科医でかなり厳しかったですが、会話はいつも通りを心掛けました。

心理テストもいくつかしたのですが、それも想定済みでした。ネットや本で出来る限り予習をして自分の答えをコントロールしました。入院最終日に心理テストの結果を教えてもらったのですが、自分の望んだ結果にかなり近かったです。

 

全ては入院を早く終えるためです。あの生活は耐えられませんでした。

その結果、2ヶ月を予定していた入院は2週間で終わりました。帰れると聞いた時は人生で一番嬉しかったです。

 

こうして家に帰ってきた後から約2年間、引きこもりニートを続けて今にいたるという訳です。死のうとした私を止めて生きているだけで良いと言われたのを守っています。

 

とにかくもう一生入院したくはありません。

 

 

私の思い出語りでした。

読んでくださりありがとうございました。